私たちの活動をご紹介します
愛する石巻で、一歩ずつ、半歩ずつでも、進んで行こう
東日本大震災で甚大な被害を受け、私たちの思い出と愛情が詰まった街が一変してしまいました。
4月の上旬に「いしのまき環境ネット」のメンバーが集まり、それぞれの被災状況を最大限配慮しながらも、石巻のためにできることを少しでも取り組んで行くことを確認しました。 しかし、多くのメンバーが、被災の復旧や他の復興支援プロジェクトに関わる中で、なかなか手が回らないというのが現状で、活動の休止も考えました。
しかしここ石巻には、被災直後から緊急支援を専門とするNPO・NGOの方々、支援ボランティアの皆さんがたくさんいらっしゃっていました。そこで、「いしのまき環境ネット」は、拠点事務所スペース、ローカル情報や人的ネットワーク等を支援グループに逐次ご提供することから支援活動を開始しました。結果として、宮城県全域への緊急物資配布、全国からの炊き出し支援、学生ボランティアの受け入れ、石巻市内泥かき掃除などの緊急支援プロジェクトをささやかながらサポートすることができました。
今、私たち石巻市民は、半歩ずつでも前に進もうと動き始めています。しかし、それは決して私たち1人では難しいことはわかっています。それは当会の活動も同様であると思っています。
いしのまき環境ネットは、今回の復興支援で出会ったNPO・NGOの方々、研究機関、ボランティアグループの皆さんのお力を借りながら、石巻市民であるからこそできる復興に向けた活動を開始しています。
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○「つながる炊き出し隊」の活動支援・コーディネート
いしのまき環境ネットと山形県の有志と結成された「つながる炊き出し隊」。温かい汁物や野菜を使った家庭料理を支援の届いていない避難所やグループに提供を続けています。
炊き出し隊の結成とご支援のお願い(2011年6月15日)
いしのまき環境ネット「つながる炊き出し隊」 徳永 美嘉
震災のあの日から、もうすぐ3か月が過ぎようとしています。
季節も汗ばむ季節に変わり、被災後に続いたあの凍るような寒さの記憶も薄らいでいくようです。
「つながる炊き出し隊」が活動を開始してから、2か月が過ぎました。
初めて被災地に入った時に飛び込んできた景色は今でも忘れ難く、車の中に飛び込んでくる世界に私はただただ胸の前で手を握りしめることしかできませんでした。
先日、その時と同じ道を辿り、数か月ぶりに漁師町の避難所を訪れました。
「ずいぶん片付きましたね。」とかけた私の一言に、
「少ししか変わってないよ。」という被災者の方の言葉が返ってきました。
たまに訪れる私には、景色などの表面上の変化は見えても、そこに暮らし続ける人たちの日常や想いを知ることはできないのだと反省しました。
振り返ると1か月前、私は初めて行った避難所で「この2カ月、パンとおにぎりだけの食事が続いている」という話を聞きショックを受けました。その切実な状況を耳にし、今まで「何もできない」、「何をしていいのか分からない」と思っていた私が、「とにかくやってみよう!」と思いました。
そして、せめて温かい汁物だけでも届けたいと強く思いました。
この思いを「いしのまき環境ネット」の川村さんに相談すると、
「やってみましょう!」という力強い答えが返ってきました。
こうして「つながる炊き出し隊」の活動が始まりました。
今、「つながる炊き出し隊」は、週1回から2回の炊き出し、野菜や支援物資の配達、青空カフェのメンバーとの協働など、少しずつその輪が広がっています。 また、炊き出しの材料となる野菜や支援物資は、「つながる野菜プロジェクト」のメンバーの皆さんやこの活動に賛同する皆さんからご提供をいただいています。
これからも、なかなか支援の届きにくい避難所を中心に、せめて避難している皆さんに新しい生活が見えてくるその時まで、温かな食事の提供を続けて行きたいと考えています。
また、食事の提供だけではなく、ひと時でも多くの時間を共有し、その中で聞こえてくる生の声に耳を澄ませながら、「いま何が必要なのか?」を一緒に考え、活動につなげて行きたいと思います。
この小さな活動を資金面や食材などの物資提供でご支援して頂けましたら、とても心強く思っております。何卒よろしくお願いいたします。
支援先>>
山形銀行 城南支店 (支店コード 112)
口座番号 (普)777528
口座名義 つながる炊き出し隊 代表 徳永美嘉
○石巻「礎」プロジェクト、「がんばろう石巻」ポストカード販売
(2011年4月~)

書家・千葉蒼玄さんとコラボレーションし、ポストカードやTシャツの販売を通した石巻復興支援プロジェクトです。
千葉蒼玄さんは、1955年宮城県生まれで、石巻市在住の書家。今年は楽天イーグルスのポスターに採用されるなど、存在感が高まっています。
「がんばろう石巻」葉書の書をお願いした経緯は、地元の方に書いてもらいたいという気持ちから、「あたって砕けろ」で直接交渉したところ、即答でOKをいただき、プロジェクトが始動しました!
津波による災害は、家や家族、友人だけでなく生活の糧である仕事も奪い去りました。石巻では、他の被災地気に比べても、再建の目途がたたない人が多く、震災前の生活に戻るには多くの時間と資金が必要です。
礎プロジェクトでは、石巻市在住の書家・千葉蒼玄さんとコラボレーションし、ポストカードやTシャツの販売を通した「石巻市民による石巻復興支援プロジェクト」です。ご協力のほど、どうぞよろしくお願いします!

○「礎プロジェクトはがきセット」
【販売中です】
Aタイプ/Bタイプからお選び下さい
1組4枚セット:500円
※収益の全額が寄付・義援金になります
ご購入、お問い合わせにつきまして、大変お手数ですが以下のメールフォーム、お電話にてお願いいたします。
●メールフォームから注文する
必要枚数等の必要情報をメールフォームに入力の上、送信下さい。担当者が電話またはメールにてご連絡いたします。
○「礎プロジェクトTシャツ」
【おかげさまで完売いたしました。収益金は石巻市に寄付させていただきました。ご購入していただいた皆様に感謝申し上げます!】
Tシャツ販売価格:2,000円(全サイズ共通)
送料:一律350円
○緊急支援NGOの宮城県での活動支援
(2011年3月下旬~)
NPO法人パルシック、IVY、拠点施設の提供、現地活動をサポートしました。
○酪農学園大学学生ボランティアの受け入れサポート
(2011年4月下旬~終了)
地元石巻のNPOとして、北海道江別市の酪農学園大学の教員&学生ボランティアチーム計40名近くの拠点受け入れを支援。
酪農学園大学ボランティアチームが取り組んだプロジェクト(4月29日~7月3日)
○支援の届いていない僻地避難所・自宅避難者を探索
○ニーズベースの緊急物資支援(石巻市内・女川町・南三陸町・牡鹿半島・気仙沼市・陸前高田市)
○炊き出しの実施(週1~2回ペースで避難所で実施)
○気仙沼市本吉「はまセン(浜区多目的集会場)」へのボランティア派遣
○石巻市内在宅避難者調査および支援
○石巻市内の衛生環境に関するプレ調査
○石巻市内、牡鹿半島、気仙沼市での瓦礫撤去・泥だし作業活動
○悪臭改善のための有用微生物資材散布作業
○傾聴ボランティア
○北上町特産品のスレート拾い
○慰霊祭などのセレモニー実施のサポート
○コミュニティカフェ設営のサポート
○仮設住宅で緑のカーテン設置のサポート
○その他拠点維持業務など
○石巻市内湊地区へのプランターの配布
(2011年6月~)
当プロジェクトは、花・野菜の栽培により、瓦礫の中での厳しい生活を送る在宅被災者の心を少しでも和ませると共に、地域住民が1つのことに共に取り組み交流する機会を生み出し地域再建・復興の一助となることを目的としています。

6月26日から、北海道大学から海外青年協力隊で派遣が決まっている2名の学生ボランティアに参加していただき、石巻湊3丁目と4丁目で、ニーズ調査と実際のプランター配布を行いました。
被災者から、「塩害などで諦めていたけれど、昔から行っていた“ガーデニング”をぜひやりたい」という声が多く、大きな手ごたえを得る事が出来ました。
今後は、規模を拡大させ、仮設コミュニティや地域の公民館を花で飾るプロジェクトに育てて行きたいと考えています!
在宅避難者へのプランター配布プロジェクトに参加して(2011年6月30日)
竹田真佑美
(北海道大学理学院博士課程1年/青年海外協力隊平成23年度2次隊候補生)
あの日地震が起きてから、私は何をすべきなのか、これから私たちはどんな社会をつくっていくべきなのかとさまざまなことを考えていた。私の実家は、仙台の内陸の方で大きな被害はなく、皆無事だったけれど、友達の中には家が流されてしまった子もいた。
今回の地震は、当たり前なことなんてないんだということを思い知らせてくれた。スイッチを押せば電気がつくことも、蛇口をひねればきれいな水が出ることも、家族と話したり、ご飯を食べたりすることも…全部。
札幌にいた私は、家族がお風呂にも入れず、食べ物も満足に食べれない中で寒さと余震で眠れないことを知って、どうすることもできない自分に無力感を感じていた。自分が普段通りの生活をしていることにも、被害を受けていない周りの人との温度差にも違和感を感じていた。私はここにいて良いのだろうかと、今すぐにでも実家に帰るべきなのではないかと悶々と過ごした。でも、それぞれ人には役割があって、関わるタイミングもそれぞれ違うと感じた。
大きな被害が出てしまった今回の地震・津波では、復興に時間がかかると感じたし、長期的に関わっていくべきだと思った。
でも、仙台に帰ってきてから連日、ニュースでは被害の大きかった石巻や気仙沼が取り上げられていて、地元の人々の力に少しでもなれることはないかと考えていた。そんな時、この石巻での活動の話をお聞きして、できることがあればぜひということで、石巻に行くことになった。
私たちが行ったのは、湊町4丁目に今も住んでいる方にお花や野菜のプランターを配布するという活動だ。いしのまき環境ネットとパルシックのスタッフ、酪農学園大学からのボランティアの方々と協力して行った。ただお花を配布するということではなく、最終的には各家庭で育ててもらったお花を近くにある公民館に持ち寄って花壇をつくり、公民館を憩いの場にできたらという思いで行った。
初日、どれくらいの人が住んでいるのかなどを把握するために、聞き取りをして回った。
その中で聞いた、「もう67年ここに住んでいるから離れられないんだ」という言葉が印象的だった。
「昔はこの辺もにぎやかだったんだよ」と教えてくれたおじちゃんの顔はどこか寂しそうで、にぎやかだった頃の風景を思い浮かべているのかなと思った。
「これからどうなってしまうのか」。町内の聞き取りをして回って、住民の方々が先の見えないことに不安を抱えているということを感じた。地震から3ヶ月ちょっと。町は大分片付いたと教えてもらったが、まだまだ瓦礫は散乱しているし、物資の配給に頼っている人もたくさんいた。家もとても住めるような環境ではないところで、何とか生活している状態。ボランティアの数も減って、物資の配給も来月で終わってしまう。まだたくさんの人の手が必要なのにと思った。
2日後、プランター配布のちらしを持って、住んでいると分かったお家を一軒一軒回った。
「毎年、庭にお花を植えていたのだけれど、今年は津波で塩をかぶってしまったから植えられなくて残念だなと思っていたところだったから、お花をもらえるのは嬉しい。」
「毎日の楽しみができた。これから少しずつ成長していくのが楽しみ。」
「公民館に持っていくまで、頑張って育てる。」
などという声が聞けて嬉しかった。
私たちはたった4日間しかいられなかったが、皆さんに協力してもらいお花を手渡すところまで終えることができた。現場でできることはそこまでだったけれど、現場でできることだけではないということを教えてもらったので、石巻とこれからも繋がっていきたいと思っている。
今回実際に行ってみて、やっぱり現場にいけるならば、自分の目で見て、話をして、感じることが一番だと思った。現場に行かなければ分からないこと、触れられないことがたくさんある。でも、現場に行かなくても、身の回りでできることはたくさんあるのではないか。電気を小まめに消したり、車じゃなくて自転車を使ってみたり、ということも将来の被害を小さくすることに繋がるだろうし、一人ひとりの小さな取り組みがこれからを変えていくのだと思う。
今はインターネットも発達しているので、石巻などの情報を得ることもそこで活動する人々の情報を得ることも比較的簡単にできると思う。そういったところから自分にできることを探して関わっていくこともできるのではないかと感じた。
私も今回の活動で学んだこと、感じたことなどを周りの人に発信したり、これからの海外での活動にもつなげていきたいと思っている。海外でさまざまな経験をして、また地元に帰ってきたときに還元したい。
この町がこれからどうなるのかは、市や国の判断にゆだねられてしまうのかも知れないが、人々が暮らしてきた、いろいろな想いが詰まったこの地に人々の笑顔が一日も早く戻ることを願いたい。

○金華山植林プロジェクト【実施に向けて調整中】
東日本大震災で大きな被害を受けた金華山。今年度も、「倒木被害が著しい桟橋から海岸付近一帯において植樹活動を継続して行い、信仰の島、金華山の鎮守の森を復活させ、未来に継承していくため、植林プロジェクト実施に向けて、準備を開始しました。
「日本三大灯籠」倒壊 石巻・金華山黄金山神社」(河北新報電子版より)
日本大震災で石巻市の離島・金華山では、黄金山神社の鳥居や常夜灯などが地震により倒壊する被害が出た。鮎川、女川両港は津波で壊滅的な被害を受け、定期船の運航は再開の見通しが立たない。神社や観光関係者は、年間6万~7万人を数える参拝客を取り戻そうと、両港の早期復旧を宮城県に要望している。
3月11日の本震と4月7日の余震で、拝殿前に並ぶ青銅製の常夜灯2基(高さ約5メートル)は破壊された。常夜灯は山寺(山形市)、金刀比羅宮(香川県琴平町)の灯籠とともに「日本三大灯籠」とされるが、激しい揺れで半分に折れている。

写真転載元: http://blogs.yahoo.co.jp/sakurai4391/34375390.html
○「いしのまき・つながる市民農園」の運営【検討中】


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